松嶋のグループで研究するということ(メンターシップのあり方)

このページに記載された内容は,個人の見解に基づくものであり、所属組織・研究室を代表するものではありません.
目次

0. この文書について

この文書は,松嶋の研究グループで学生とどう研究を進めていくのか,そしてこのグループがどんなテーマをやるのか,やらないのかをまとめたものです.この文書自体は,テーマを縛るために書いたものではなく,このグループが学生・メンバーに何を期待しているのか,そして何を良いテーマとみなしているのかという価値観・判断軸を共有するために書いています.

章の順番には意味があります.先に来るのは学生側の話(Part I)で,研究テーマの話(Part II)は後です.テーマに学生を合わせにいく文書ではありません.個人的には,メンターを選ぶ上では,テーマが合うことよりも進め方が合うことの方が重要だと考えているからです(§1.5).

判断軸さえ共有できていれば,ここに書かれていないテーマを持ってきてもらって構いません.むしろ歓迎します.内容は随時更新していきますし,合わないと感じたところがあれば,議論の材料にしてください.


Part I. 大学での研究活動と,このグループのメンターシップ

1. 大学での研究活動をどう捉えているか

1.1 研究は「研究活動」というプロセスの教育の場

大学での学生の研究は,「研究活動」というプロセスそのものの教育の場だと考えています.もちろん成果を出すことも大事ですが,それ以上に「どうやって研究を進めるか」を身体で覚える場だという捉え方です.出てきた成果は,その過程で身につけた型の副産物という側面が強いと思っています.

そして一番重要なのは,それぞれの学生が達成したいことを達成することです.興味のあるテーマでもいいし,目指したい社会の姿でもいい.グループのゴール(§5)に学生を合わせにいくのではなく,学生が達成したいことの方が先にあります.

1.2 学生に期待していること

前提として,自分の達成したいことを一番大きい形で達成してほしいと思っています.小さくまとめて終わらせるのではなく,自分の成し遂げたいことをどこまで大きく達成できるかを考えてほしい.

そのために必要なのは,自分がやりたいことを実現するためのスキルとリソースを身につけること,そして自分がやりたいことができる場所に,自分の力で行けるようになることです.大学での研究は,そのためのベースとなるスキルセットを身につける場だと位置付けています.裏を返せば,研究室に所属していること自体はゴールではありません.ここは通過点として使ってもらって構いません.

「自分が達成したいこと」自体がぼんやりしている人も,色々な経験を積み,考えていくことで,それを具体的に強く意識できるようになるプロセスも大事だと考えています.

1.3 このグループの教育の目的

以上を踏まえて,松嶋の研究グループでやりたいのは,学生自身が達成したいものを達成するための「場所」や「方法」を見つけるために必要な,「研究活動のやり方」の実践的な教育です.

単に研究のやり方を教えるということではなく,「研究のやり方を使って,自分の行き先を自分で見つけられるようになる」ところまでを含んでいます.

1.4 どんな研究者になってほしいか

この活動を通じて目指してほしいのは,単なる「優秀な学生」や「論文製造機」ではありません.アカデミックな厳密さを武器に,自ら問いを立て,人や社会を巻き込みながら,未踏の領域を切り拓ける人です.

ロボットラーニングの研究は,アルゴリズムの中だけでは完結しません.この困難な領域で成果を出すために身につけてほしい資質は,大きく次の3つです.

一つ目は,高い視座(メタ認知)です.状況を俯瞰して,自分でボトルネックを発見し,解消できること.二つ目は,行動範囲を自分で限定しないことです.目的達成のためであれば,技術だけでなく,人やルールにも働きかけられること.三つ目は,確かな技術です.世界のトップ層と同じ言語,つまり論文と実装(・デモ)で戦えること.

このうち一つ目と二つ目を §2 に,三つ目を §3 に書いています.

1.5 メンターを選ぶときに見てほしいこと

私は,個人的には,学生がメンターを考えるとき,研究テーマがマッチしているかよりも,研究の進め方がマッチするかの方が重要だと思っています.テーマは周回ごとに変わりうるものですが,進め方の相性は在籍している間ずっと効き続けるからです.この文書がテーマ(Part II)より先に進め方(Part I)を置いているのも同じ理由です.まずここを読んで,自分に合うかどうかを判断してください.

もちろん,メンターの研究テーマとマッチしていた方が,その分野に特有なスキルや知見には近づきやすいのは確かです.近い距離で日常的に得られる分野知識の量は,テーマが重なっているほど大きくなります.

ただし,専門知識の供給源がメンター一人である必要はありません.その分野に詳しいアドバイザを,メンターとは別に探してみるのも一つの手です.「研究の進め方はメンターから,分野の専門性は別のアドバイザから」という組み合わせは十分に成立します.むしろ,必要な知見をどこから取ってくるかを自分で設計することは,§3.2 で書く「どこで・誰と・何をやるか」を考える練習そのものでもあります.


2. 研究に向かう姿勢

2.1 高い視座を持つ:努力の量ではなく前提条件を疑う

成果が出ないとき,単純に「自分の努力不足だ」と落ち込まないでください.多くの場合,原因は努力の量ではなく,環境や前提条件が整っていないことの方にあります.

闇雲に時間を費やす前に,一歩引いて「今,本当のブロッカーは何なのか」を考えてください.計算機なのか,基礎知識なのか,実験設定なのか.それを特定して戦略を修正することの方が,同じやり方で粘るより効きます.この,自分の状況を俯瞰して見る力(メタ認知)は,研究を進める上で最も重要な能力の一つだと思っています.

2.2 研究の範囲を自分で限定しない

「研究」という行為を,「実験室でコードを書き,実験して論文を書くこと」だけに狭く定義しないでください.研究とは,ゴールから逆算して必要なことを全てやる活動だと捉えてほしいと思っています.

例えばゴールが「家庭用ロボットの普及」であるなら,技術開発だけが手段ではありません.法規制の壁を取り除くための政策提言,標準化のためのコンソーシアム作り,社会受容性を高めるための活動——こうしたものも広義の研究活動に含まれます.目的達成に必要な要素は,全てあなたのスコープ(守備範囲)です.

これは §6 に書いた「社会に使われる形まで視野に入れる」という判断軸とも,Part II の T3・T4 のようなテーマ設定とも,同じことを別の角度から言っています.

2.3 人を巻き込み,リソースは自分で取りに行く

大きな仕事は,自分一人のリソースでは成し遂げられません.人を巻き込むことも,重要な研究能力の一つです.自分のビジョンを語り,学内外の研究者やエンジニア,あるいは企業や行政の人たちを巻き込み,動いてもらいながらプロジェクトを推進してください.

同じように,研究室にあるものだけで満足しないでください.必要なリソース——資金,メンター,特殊な機材,データ——は,能動的に獲得しに行ってください.

教員は,皆さんが外部とつながって大きな動きを作るための「ハブ」であり「調整役」だと思っています.遠慮なく使い倒してください.


3. 研究のループと関わり方

大きなビジョンも,確かな技術的裏付けがなければ砂上の楼閣です.ここでは,その技術をどう積み上げていくかと,その過程で松嶋がどう関わるかを書きます.

大学では,博士研究までにおおよそ研究のループを3周以上回すことが想定されています.松嶋の関わり方は,この周回によって意図的に変えています.

3.1 1周目:研究プロセスに手厚く入る

1周目は,研究のプロセスにかなりガッツリ入ります.

まず学生の興味を聞き,その上で研究のざっくりとしたゴールを一緒に設定します.そこから,目標設定,課題の調査,どのような方法(手法)が良さそうかの検討,実験の仕方,どのように評価していくのか,そしてどのように成果をまとめていくのか——これらを 1:1 で割と手厚く見ていきます.

ここで身につけてほしいのは,アカデミックな作法です.まずトップカンファレンスの論文を読み,再現実装ができるようになること.先人の積み上げ(巨人の肩)を無視した我流は研究ではありません.

このループをちゃんと回しきったのであれば,「研究活動」の型はだいたい経験できたことになるはずです.ここは遠慮せずに頼ってほしいフェーズです.

3.2 2周目以降:自分でやりたいことと場所を見つける

2周目以降は,自分たちがやりたいことを明確化し,それを達成できる場所を自分たちで作っていくことを期待しています.

その場所はどこでも構いません.それが本当に研究室の中なのであれば,研究室でやるべきだと思います.外部のコラボレータとの共同研究や企業でのインターンが有用なのであれば,そういう機会に積極的にアプローチしてほしいと思っています.

なぜこれを研究教育と呼んでいるかというと,「自分がやりたいことは何なのか」「それはどこで・誰と・何をすれば一番大きく達成できそうなのか」を考えることも,重要な研究プロセスだと考えているからです.2周目は,何をやりたいか / どこでやるべきか / どうやってそこにアプローチするかを,自分で考えて動いて模索するところが本体です.そしてこれを自分でやりきれる状態が,§1.2 で書いた「自分がやりたいことができる場所に自分で行ける」という状態そのものです.

技術面では,既存手法の限界を見つけ,仮説を立てて検証するサイクルを自分で回すフェーズになります.ここで重要なのは Fail Fast(早く失敗すること)です.そして最終的には,既存のタスク設定そのものを疑い,新しい研究分野自体を作り出すような提案を目指してください.

3.3 1:1 ミーティングの使い方

メンターとの 1:1 は,単なる進捗報告の場ではなく,あなたが抱える課題を解決する場です.時間の使い方は学生が決めてください.

特に,進捗がないときこそスキップしないでください.データが出ないときこそ,「なぜ出ないのか」「アプローチ自体を変えるべきではないか」といったメタな議論を行い,状況を打開するための作戦会議にしてほしいと思っています.

進捗共有の具体的なやり方については,次の資料が参考になります.

3.4 まとめ

周回ごとの変化は,守破離という言い方でも整理できます.

周回段階主眼松嶋の関わり方
1周目守研究活動の型と,アカデミックな作法を身につける1:1 で手厚く伴走.ゴール設定から成果のまとめ方まで
2周目破既存手法の限界を破る.やりたいことと,それをやる場所を自分で見つける相談相手・接続役.場所の選択は学生が決める
3周目以降離タスク設定自体を疑い,分野そのものを作る併走者.外部との接続とリソース獲得を支援する

4. 学位ごとの到達目標

学部生に期待するのは,基礎体力の習得です.トップ会議レベルの研究を再現し,その作法——サーベイ,実装,実験,執筆——を体得している状態を目指してください.

修士課程では,自立して研究を遂行できる状態を目指してください.自ら問い(Research Question)を設定し,メタ認知を働かせてブロッカーを排除しながら,トップカンファレンスに通る研究を完遂できる状態です.

博士課程で目指すのは,領域のリーダーになることです.自身が取り組むサブフィールドにおいて「第一人者」と認識される成果を出すこと.そして,外部資金の獲得,チームビルディング,あるいは政策提言なども含めて,分野全体を牽引する動きができる状態です.


Part II. このグループでやる研究テーマ

ここからは「何を研究するか」の話です.Part I に書いた通り,まず学生が達成したいことが先にあります.以下は,このグループが持っている方向性とリソースであり,自分の興味と重ねるときの入口として読んでください.

5. 大前提:目指す世界

松嶋個人のゴールは「世界中にロボットを蔓延らせる」ことであり,このチームはそれを前提に組成されています.個々の研究テーマについても,最終的にはここに接続していることを説明できる状態にしたいと思っています.

ここで言う「蔓延る」は,特定用途の専用機が一部の現場に入る,という状態ではありません.汎用ロボットが,家庭・小売・製造といった生活と産業の広い範囲に,数として大量に入っていく状態を指しています.したがって,単体での性能記録よりも,台数・環境・タスクが増えていく方向に効くかどうかを重視します.


6. テーマの前提(共通の判断軸)

以下は,すべてのテーマに共通する前提です.テーマを考えるときは,この軸で自己チェックしてみてください.

  • 汎用ロボットを蔓延らせるためのロボットラーニングであること.対象は汎用ロボットです.特定タスク専用の最適化そのものが目的になることは基本的にありません.
  • データやモデルサイズ,利用される実ロボットがスケールする仕組みを前提に置くこと.データ量,モデルサイズ,そして実際に使われる実ロボットの台数が増えていくことを前提に設計します.「今の規模でだけ成立する手法」ではなく,「規模が増えたときにより効く手法」を狙います.
  • 汎化性能を求めればモデルは必ず大きくなる,を受け入れること(スケーリング則).モデルが大きくなることを前提として,それを動かすロボットシステム側の設計まで含めて研究対象にします.
  • 実証によって課題を洗い出すこと.作って,動かして,出てきた課題を潰す,というループを研究の一部とみなします.実環境で出てくる課題は,机上では設定できない良い研究課題になります.
  • 社会に使われる形まで視野に入れること.技術単体で閉じず,普及したときに何が必要になるかまで含めて考えます.§2.2 に書いた「研究の範囲を自分で限定しない」は,テーマ選びの側から見るとこの判断軸になります.

7. 研究テーマの方向性の例

以下に挙げるのは,今このグループが持っている方向性とリソースの例です.あくまで例であって,研究テーマがこれに限るわけではありません.また排他的な分類でもないので,重なっていて構いません.むしろ複数にまたがるテーマは筋が良いことが多いと思っています.

T1. ロボット基盤モデルの大規模学習

ロボット基盤モデルの大規模学習の中で,汎化性能と性能を決定づけているキーとなる方法は何か,を問うテーマです.

具体的には,様々な embodiment のロボットデータを吸収して汎化能力を高める学習方法や,suboptimal なデータを捨てずに活用して性能を上げる学習方法を研究します.また,テレオペ,UMI-like,ego-vision など集め方の異なるデータで構成されるデータピラミッド全体を使い切り,汎用性と性能を高める学習方法も対象になります.

前提として,データは「きれいで最適なものだけ」が集まることはありません.質も形式もバラバラなものが大量に集まる,という前提で手法を設計します.良い結果の形は,データ種別やスケールを増やしたときに性能・汎化が伸び続けることを示せている状態です.

T2. 大きなモデルを動かすロボットシステム(推論時の設計)

汎化を求めればモデルは必ず大きくなります.したがって,学習側だけを研究していても,実機で動かす段階が律速になります.そこで,巨大なモデルを前提にしたときに推論時のロボットシステムはどうあるべきか,を研究対象にします.

推論時にシステムがどう構成されているべきか(計算資源の置き場所,階層構造,レイテンシの扱いなど),そしてモデルの推論の仕方そのものの設計が具体的な論点です.良い結果の形は,モデルサイズが増えても実機上で成立し続けるシステム設計を,実機で示せている状態です.

T3. 実証:拡大し続ける汎用ロボットシステム

どんどん拡大していく汎用ロボットのシステムとは何か,を実証を通じて明らかにするテーマです.まず作り,動かし,課題を洗い出し,それを解決する,というループを回します.

実証の場としては,家庭環境や小売・製造業を想定しています.AIRoAが取り組んでいるようなWoven City での家庭内ロボットの実証は,良い実証の場になります.また,未来館のように一般の人からのフィードバックを受けやすい場所で実証することによって,社会で使われるためのシステム設計を研究します.

良い結果の形は,実証から出てきた課題が T1・T2 の研究課題として言語化されている状態です.実証が単なるデモで終わっていないことが重要です.

T4. 普及後の社会システム(フィジカルAI時代のマーケットデザイン・労働経済)

汎用ロボットの普及が始まった世界で,どのような社会システムが必要になるのかを研究するテーマです.

例えば,汎用ロボットが遠隔操作やロボット基盤モデルによって大量に動くようになったとき,サービスを提供される側から,遠隔操作やモデルの学習・データの生成へと価値を伝播させることを考えます.そうして社会の参加者それぞれのリターンを最大化することで,結果としてロボットがより多く社会で使われるようになる——そのようなシステムを構築し,実証します.設計だけで終わらせないことが前提です.つまり,フィジカルAI時代のマーケットデザインや労働経済に関連した内容を研究することになります.

このテーマは,§2.2 に書いた「研究の範囲を自分で限定しない」が最も直接的に効く領域でもあります.

T5. データドリブンなハードウェアデザイン

データが大量にあり,そこからロボット基盤モデルが学習されるという前提のもとで,より良いハードウェアデザインをデータドリブンに行うテーマです.

そもそもこれまでのロボットは,人間がモデル化しやすいように設計され,ハードウェアが作られてきました.しかし遠隔操作などで人間の認知・運動・適応能力を使えば,複雑なロボットでも動かせるようになってきています.つまり,(人間の明示的な事前知識を使った)「制御しやすさ」「モデルかのしやすさ」による設計の制約が外れつつあります.そのようなデータがたくさん集まってきた世界において,より良い汎用性や性能を達成できるロボットのハードウェア設計を得る,というのが狙いです.

この領域は,ロボットのコンフィギュレーション分析や,ソフトロボット,モジュラーロボットあたりが対応しそうだと考えています.


8. 積極的にはやらないテーマ

スケールしない研究は積極的にはやりません.とても高価なロボットを必要とする研究,とても高価なセンサを要求する研究,1点ものロボットの構築そのものが目的になっている研究などが該当します.

理由は,「世界中に蔓延らせる」というゴールと逆方向だからです.再現・量産・普及ができない前提の上に積み上げた結果は,外に広がっていきません.

ただし,高価な機材を使うこと自体を禁止しているわけではありません.最終的には,安価で大量に利用可能な構成に落ちる道筋が説明できるかどうかが基準です.


9. テーマの選び方

研究テーマを選定するときは,次のことを説明できる状態を目指してください.このテーマは「ロボットを蔓延らせる」にどう接続するのか.データ・モデル・台数がスケールしたとき,この研究はより効くようになるのか,それとも意味を失うのか.実機・実環境のどこで検証するのか.そして,(たとえば)3年後にこれが成功していたら,世界は何が変わっているのか.

§7 に挙げた方向性(T1〜T5)はあくまで例であり,入口であって枠ではありません.複数にまたがるテーマも,そこにないテーマも歓迎します.

迷ったときは,小さく作って動かしてみるところから始めるのが良いと思います.実物から出てくる課題の方が,机上で立てた課題より筋が良いことが多いからです.

なお,1周目(§3.1)については,ここを一人で詰めきる必要はありません.興味を聞いた上で,一緒にゴールを置くところから始めます.


10. おわりに

研究室に入った瞬間から,皆さんは単なる「学生」ではなく一人の「研究者」です.

自分の限界を勝手に決めず,視座を高く持ち,周りを巻き込んでください.世界を変えるために必要なことは,全部やる.その気概でグループに参加してもらえるのを待っています.

松嶋 達也
松嶋 達也
特任助教 / CTO

ロボット学習とサービスロボティクスを研究しています.